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【お茶室から見える風景・あまんじゃく伝説】

【あまんじゃく伝説】

今の五日市港から2号線のあたりまで、昔海だったころのお話しで

瀬戸内の海に浮かぶ「つくね島」にまつわる「あまんじゃく伝説」という民話が今も残っています。

その昔、貧しい漁師の湯葢道空と道裕の親子がいました。
道空は厳島大明神を深く信仰し、毎日、漁で獲れた魚をお供えしていました。

また、海老山の麓に、嚴島神社の摂社として塩竃[しおがま]の
神をお祀りしたお宮を建てたり、五日市港に塩田を開き今の五日市を繁栄させたようなとても人望のある人です。

そんな道空には大きな悩みがあり、一人息子の道祐は、人の言うことを逆さに聴く性分で育ち、
右と言えば左。海と言ったら山、上と言ったら下と言い、人は皆「あまんじゃく」と言っていました。

道空がいくら言い諭しても改めることがありませんでした。

道空は自分の余命を知った時、「あまんじゃく」の道裕を枕元に呼び寄せ
「私が死んだ後も海老山の塩竃明神の傍に墓を造ってもらい、死んだ後も明神に仕え、お世話をしたい」
と言いたいのですが…道裕の性分を知っている道空は逆を見込んでこう言います。

「津久根島に葬ってくれ」と言い残して死にました。

本当は海老山に葬ってほしかったのです。

しかしながら、さすがの親不孝の「あまんじゃく」道裕も一つぐらいは親孝行したいと遺言を守り
道空の思惑「海といえば山にするはずだ…」とは反対に、素直に「津久根島」に建ててしまったというそんなお話です。

【津久根島とは】

言い伝えでは、宮島の神様が「つくねてポンと海に置いた」というお話もあり、
漁師の間では、東に似島、西に厳島、肝心要の「津久根島」という歌もあって、
丁度、津久根島から「扇状」に見えることから豊漁の縁起のいい島としての位置づけもあったようです。

【平家の金庫番説】

五日市港を繁栄させた、また「湯葢踏切」という名前まで今も残っていて
すごい方だったのではないかと思います。

しかし、貧しいはずの道空がなぜ?お宮を立てたり、塩田を開けたのか?

諸説ありますが、道空は壇ノ浦で敗れた「平家」の金庫番で
財宝をどこかに隠していたのではないか?

そして、こんな民話まで存在します。

ある時、漁に出ていると島の沖に蓬莱[ほうらい]が浮かび、海が黄金の砂になり、
(写真のような光景だったのかも)
その砂を船に汲み入れて帰り、道空は長者になったという
本当は「隠し持っていたのではないか…」という話まであります。

もしかしたら、今でもどこかにその財宝があるかもしれませんね。

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